2015年10月30日

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昨今の経済状況を考えたら増税も仕方が無いんじゃないか?と思える様なこの国の奴らの思考停止状態、業績が上がらないから給料が低くなる→給料が低くなるから仕事が元々割に合わないのに更に割に合わなくなるというスパイラル、年功序列という早く生まれたというだけなのに長く生きてるだけで能力があると思い込める為に年齢と能力が不釣合いなこの国特有の民族性や体質・・・
全ては自分らのレベルの低さが招いた結果なのにシステムの不備のせいにして責任転嫁を図りたいのか、巷では成果主義が結構流行ってます
かなり前に読んだ新聞に、確かこの国は全企業の70~80%が何らかの形で成果主義を導入してると書いてましたしね
時代の流れ的に、もう既存のシステムでは馬鹿を騙せないと感じたんだと思います
馬鹿は馬鹿なりに、屑は屑なりに考えてるんですね
・・・・・・・本当の成果主義を導入してるかどうかは判りませんけどね
だって、本当の成果主義は実績を評価して給料に反映させるギャランティーシステムだから生産性もモチベーションもスキルも向上するというメリットがあるんですけど、この国の会社の成果主義は、どう考えても、ただこの国、この国の会社、この国の奴らにとって都合良く人件費を抑えるのが目的ななんちゃって成果主義で、明らかに労働のインセンティブにはなってないから、どう考えても「成果主義」と胸を張って言えるものじゃないですもん
寧ろ、業績を評価しないから生産性が間違い無く低下します
実際、この国の成果主義は、どの会社も大失敗でしょ?
しかも、未だに不満や鬱積が沈静化してないでしょ?
この国の会社は本当の成果主義を導入するかどうかよりも、まず会社の構造をなんとかしないといけない状況だという事を、何処も誰も理解っていない証拠ですよ
ま、この国の会社は能力があるから役職者になってる訳じゃなくて、寧ろ運とタイミングが良いから役職者になれただけだから仕方が無いと言えば仕方が無いですし、能力があるから経営者になってたら今頃この国はもっとましになってるから当たり前と言えば当たり前ですけど、特に経済がこういう状況なのに、あまりにも御粗末です
ただでさえ本当の成果主義を導入してないのに、評価する側の奴らに評価する資質も資格も無いなら成功する訳が無いですよ
と言うか、そんな奴らが役職者になってるこの国の会社は、果たして存在して良いのかどうかも疑問です
だから、本当の成果主義を導入するなら、まず成果主義で評価出来ない能無しや会社人や社畜を一掃する必要があります
皆さんの周りには能無しや会社人や社畜は居ませんか?
僕の周り? 能無しや会社人や社畜だらけですよ
僕が、この国の会社を3年で辞めてあげた唯一の理由です
寧ろ、3年もよく我慢したなと自分で自分を褒めたいです
で、そうなったら、この国の会社の奴はほとんど全員棄てられるから成果主義を導入するより成果主義で活きる人材の確保が問題です
探せば居ますよ、何人かは(笑)
結局、この国は民族的に成果主義を導入する資質さえも無いという事です
ま、生産性もモチベーションも労働意欲も就労意欲も生活保障もレベルも・・・とにかくあらゆる面が下がるどころか無くなるこの国のなんちゃって成果主義こそ、この国に相応しい素敵なシステムですよ♪
おかげで、この国のほとんどの奴らが何処かの会社に属する事が出来てるんですし
ちなみに、我がオフィスは保険会社のロイズの様なフリーランスの集合体だから、とにかく成果を残せば残しただけ還元されますし、逆に成果を残せなければ残せないだけ還元されないという、僕が中学生の頃に思い付いた「こんな国なんか放っといて好きな奴と好きな事を好きなだけやって好きなだけ稼ぐ」というコンセプトを基に思い付いたギャランティーシステムなんです
ある意味、1番正しい成果主義ですよ
少なくとも、この国の会社なんかよりはるかに正しいし、はるかに正解に近いという確信があります
はるかに厳しいですけどね
でも、別に特別な事は何もしてませんし、何も言ってません
寧ろ、これが普通です
でも、最終学歴が偏差値的に下から数えた方が早い3・・・ いや、5流の私立大学を卒業しただけの僕が簡単に思い付くのに、何故偉そうな事をほざいてるこの国の経営者が誰も思い付かないかが不思議です
やはり、ただこの国で産まれてあげただけの僕らとは違って、あいつらは民族的にとことん日本人だからでしょうね
結局、この国に成果主義が根付かない概念的な理由は、この国の民族性が成果主義の対極にあるからです
だから、年下が上司になったらプライドが邪魔をして年下の上司を上司と生理的に認める事が出来ませんし、年下の上司は年上の部下に妙に遠慮して使い難いし、結局今までの年功序列制度が良かったという本末転倒な結論にに成りがちなんです
皆さんが居てあげてる会社も、必ずこうなりますよ
僕は、その原因は敬語だと思います
敬語の存在がお互いの年齢や立場を変に意識させて、ビジネスに対して割り切れないんです
よく海外の映画とかドラマで年齢やポジションの違う相手に対して「僕の事は~と呼んでくれ」とか「あなたの事は何と呼んだら良いですか?」と言ってるシーンを観た事はないですか?
英語には敬語が無いから、そういう風に言い合って年齢やポジションを意識せずにお互いがお互いに対して、ビジネスに対してプロフェッショナルな関係を築くんです
僕が、知り合った人に対して独自にニックネームを付けるのは、こういう理由からです
年下にため口で言われるだけで違和感を感じるこの国の奴らには絶対に無理でしょ?
大体、どうして年上というだけで敬語を使わなければいけないんですかね?
敬語とは相手を敬ってる時に使用する語でしょ?
それなら、相手を敬ってなかったら年上だろうと使用する必要は無いでしょ
だから、僕は相手が年下でも敬える存在なら自然に敬語を使用しますし、年上でも敬えなければ絶対に敬語は使用しませんし、その前に会話をしません
目上と年上は根本的に違うんです
ほとんどの奴らが混同してますけどね
だから、どんな会社人や社畜や能無しや精神主義者や感情論者でも根回しと要領と運とタイミングさえ良ければ、そんなに能力が無くても比較的簡単に出世出来るこの国の経営者こそ本当の成果主義を導入するべきなんです
トップが会社を経営する資質を問われてこそ成果主義が機能するんですから
ただ、残念ながら、この国でそういう人は恐らく1人も居ないから誰もどこも本当の成果主義を導入したくないだけですよ
・・・まさか思い付かないという事は無いでしょ
僕なんかよりもはるかに偏差値が高い高校とか大学を卒業してる奴らが、まさか・・・ねぇ(笑)
という訳で、巷は成果主義に染まってるんですけど、実際は、この国、この国の会社、この国の奴らが世界はもちろん僕らに追い付いてる訳ではないから、まだまだ喜べません
この国の民族性を考えたら、これからも喜べない可能性が高いです
せめて会社に長く居るというだけの奴のせいで、まだ入社したばかりでも有能な人がやる気を失うという事が少しでも無くなれば良いんですけど・・・
・・・ま、無理でしょうね、この国がこの程度な限り
能力がある人は、この国に産まれてあげた事を後悔しましょう
僕は、能力さえ無いのに、この国に産まれてあげた事を後悔してます
で、この国に成果主義が根付かない理由は概念的な理由だけじゃないです
システム的な理由もあります
この国に成果主義が根付かないシステム的な理由は、成果主義は客観的な情報は参考にするだけで現場責任者が主観的に成果を評価するべきなのに、この国の成果主義だけは客観的な成果主義をやってる事、人事担当は現場を理解ってないのに現場責任者には採用とか解雇とかの人事権を持たされてない事です
この矛盾がある限り、この国に本当の成果主義は根付きません
もし、この国の会社の経営者が悔い改めて本当の成果主義を根付かせようと思ってるのなら、現場の責任者に採用とか解雇はもちろん減給まで含めた人事権を与えるべきなんです
僕が常日頃から「人事担当者には人事能力がある奴が居ない」と言ってるのは、こういう理由からです
そう言うと、「現場の責任者に人を観る目がある奴なんて居ないんだから、そんな奴に人事権を渡したら余計に本当の成果主義なんて根付かない」と思うかも知れないですけど、現場責任者に人事権が無い矛盾と現場責任者に人事能力が無い事実は別の問題です
ま、成果主義が根付くと、そんな人事能力が無い現場責任者も淘汰されるので大丈夫です
実際、働き振りを観てない奴が、どういう基準で成果を確認するかが疑問です
何故こんな矛盾が通るか・・・
それは責任が不在だからです
この国の奴らは、とにかく責任を取りたがらない民族です
官僚や政治家の事をわざわざ言わなくても、周りにそんな奴は何人も居るでしょ?
そんな奴らに限って、偉そうな事は一人前に責任論をほざきやがるんです
責任と権限が曖昧な中で、客観的な人事を行い、客観的な数字で判断し、評価をするからおかしくなるんです
自分があまりにも評価されてないと思った事、ありませんか?
上司は自分の何処を見てるんだろう・・・とか
見てる上司はちゃんと見てるんですよ
ただ、人事権が無いだけです
見てない上司は論外ですけどね
でも、そういう奴がほとんどです
それは、人事権が無いから元から諦めてるのもありますけど、責任から逃げてるんですよ
そもそも、客観的な評価なんか出来る訳が無いんです
現場を離れれば離れる程、客観的にしか観る事が出来ない事を考えたら当然でしょ?
そう言うと、「1人に主観的に評価させたら、感情論が全面的に出て好き嫌いで判断されないか?」と思うかも知れないですけど、本当の成果主義では今までの様な感情的評価や操作評価をして業績が落ちると自分の評価も落ちます
更に、自分の上司や周りの評価も落ちます
それは、本当の成果主義下では評価をする行為自体も評価の対象になるからです
見る目が無ければ現場責任者としての評価が下がり、優秀なスタッフは離れて、最終的に自分自身が会社から離れる結果になります
ま、その前に、その程度の現場責任者は本当の成果主義が導入される前に消えますよ
逆に言うと、責任が無くて権限も無い個人、責任が分散して権限はある中央・・・
要するに、これこそがこの国の本質なんです
中央集権的全体主義なこの国を観たら理解るでしょ?
で、その結果、この国は、こんなに素敵な国になりました♪
本当の成果主義とは相容れない素敵な国にね♪
本当の成果主義とは、成果を出した者が報われる評価システムです
これを成立させる為には、現場責任者はもちろん末端のスタッフにまで権限と責任を委譲する事が不可欠です
とにかく責任を取りたがらないこの国の奴らが、本当の成果主義を導入したくない根本理由が、ここにあります
それは、この国が成果や能力ではなくて、身分=肩書きで物事が決まってしまう社会だからです
で、身分=肩書きを得る為には、身分=肩書きに擦り寄って行かないといけないからです
例え、能無しでも評価される事に特化すれば、身分=肩書きを得る事が出来ます
身分=肩書きを得る事が出来れば、好き嫌いの感情論で物事を決める事が容易に出来ますし、イエスマンばかりで周りを固める事も可能です
この反芻が、この国の現状なんです
結果的に、馬鹿の下には馬鹿しか集まらない結果になります
僕が「自分以下を相手にしない」と言ってる理由が判るでしょ?
皆さんの上司は、典型的な、こんな奴じゃないですか?
これでは本当に能力がある人が活躍出来るフィールドは存在しませんし、活躍したくもありません
さっさと見切りを付けて能力を正当に評価してくれるフィールドに行きますよ
部下が上司に評価される為に時間を費やす行為は何も生みませんが、上司が部下を評価する為に時間を費やす行為は未来を創るんです
前向きな意志や希望は、評価に対する考え方で変わってきます
確かに、この国には評価をする文化が存在しないから、評価をする事が出来る資質も資格も無い奴だらけですけど、個人レベルでは意識次第で簡単に概念付ける事が出来るはずです
評価に妥当性が存在する様になった時、この国にも初めて本当の成果主義が根付いたという事が出来ます
ま、この国、この国の会社、この国の奴らが、相変わらずこの程度な限り、永遠に不可能ですけどね
だから、僕は相変わらずこの国の会社に属してあげる事が出来ません
世界中の誰よりも労働意欲&就労意欲が高い自信があるにも関わらずです
で、「この国の会社は本当の成果主義を導入するかどうかよりも、まず会社の構造をなんとかしないといけない状況だという事を、どこも誰も理解っていない証拠」と言ったんですけど、巷の会社では業績不振を理由に色々なリストラクチャー(再構築)をしてコスト削減に努めてます
成果主義をやろうと思わなくても 成果主義をやろうと思ったら尚更、評価し易い様に環境を整える為に無駄なものは排除する必要があるからです
無駄な箇所は徹底的に削減する考え自体は大賛成ですし、当たり前なんですけど、実際は「昼休み中は電気を消す」「社内用のコピーは両面を使う」等ミクロな事ならまだましな方で「給料を一律カット」「ボーナス無し」等何の根拠も無いどころか確実にスタッフの労働意欲を削ぐ結果になるだけなのに自己満足してる会社ばかりです
業績が不振なら経営陣が責任を取ってさっさと総退陣をして給与はもちろん退職金も大幅に(場合によっては全額)カットすれば、昼休みに電気を消したり社内用のコピーを両面使うのはもちろん人件費を一律カットよりもはるかに簡単にリストラクチャー(再構築)をする事が出来るのに、何故かやりやがらない・・・
だからこそ、この国の会社の経営陣なんですけど(笑)
おかげでこの国では「コスト削減」と聞くと、きついとか辛いとか暗いといったネガティブなイメージしか持てません
でも、本来はコスト削減とはコストのマネジメントとかコストのバランスの事なんです
コストを経営資源の1つだと考えて無駄な箇所をカットすると同時に必要な箇所には最適配置する事こそ本当のリストラクチャー(再構築)です
実際、売上の増加とコストカットは反しないでしょ?
リストラクチャーを、この国の奴らの様に人件費削減と考えずに発想を転換する事だと考えたら(実際、リストラクチャーの本来の意味はそうなんですけどね)、こういう機会を得た事はピンチではなく、寧ろチャンスですよ
大事なのは、現状が現状で良いかどうかを疑問を持ち続ける事です
今まで何の問題も無いから、これからも何の問題も無い訳ではないですからね
この国の典型的な日本人の様に、何の疑問も持たずに、ただだらだらと過ごす気持ちこそが最大のコスト削減の箇所じゃないですかねぇ
大体「コスト削減」と聞いて金や物を使わないとか我慢する様なイメージしか持ってないんじゃないですか?
労働もリストラクチャー出来ますし、するべきですよ
それは人件費の単純削減ではなく、労働の合理化=【情報の共有化】 【業務の簡素化】 【人材の適所化】をする事です
この3つさえ守れば、各人はもちろん会社全体のモチベーションもスキルも簡単に上げる事が出来ますし、モチベーションもスキルも上がれば更にレベルが高い内容の事が出来る様になるから、必然的に業績が上がりますよ
【情報の共有化】
誰もが同じ事を知ってれば、同様に対処出来るでしょ?
要するにデーターベース化です
ただ、誰もがそうだと思うんですけど、自分が得た利益(情報)は、簡単に&安易には出したがりません
自分が苦労して得たものを何もリスクを負わずに手に入れられるなんて、むかつくから当たり前ですよ
だから、良い情報や良いシステムを考えたら、相応の金額で買う制度作りをすれば良いんですよ
自分が持ってる情報や自分が考案したシステムが相応の金額になると思えば、そういう情報の集め方や考え方をしますし、そういう情報の集め方や考え方をすれば、仕事に対して、なによりも、自分が持ってる情報や自分が考えたシステムが業務に役立てば、存在価値を感じる事が出来るでしょ?
自分の居場所を見つける事が出来たスタッフは、モチベーションが上がって楽しく業務を行う事が出来るはずです

【業務の簡素化】
誰もが簡単に業務を行う事が出来れば、それが出来る人材を育てる必要は無い=それ程ギャラをあげる必要も無いでしょ?
簡単に業務を行う事が出来れば、それだけ他の事が出来る=作業量が増える=業績が向上します
ただ、典型的な日本人は喜びません
何故なら、簡単な事を難しくやる事が、この国の美徳な概念だからです
なによりも、今まで自分らしか出来なかった事を誰もが簡単に出来る様になったら自分らの存在意義を失うからです
その程度の奴は、本当の成果主義下には要らない人材だから、今まで下を育ててない事を理由に、この機会に去ってもらいましょう

【人材の適所化】
それぞれがそれぞれの適性に合ったフィールドなら、能力を発揮し易い=結果を最大限出せる可能性が高いです
それには、人を観る目が必要です
何度も言ってますけど、人を観る目を持った人なんて存在しないから、まずは、こういう人材を確保する事から始めないといけません
勘違いして欲しくないのは、必ずしも適性にあったフィールド=本人がやりたいフィールドではないという事です
この国の会社の人事は、とにかく感情的人事や操作人事に陥りがちだから気を付けたいですね
なによりも、もし本人が強く希望をして与えたフィールドなら特に、結果を出せなかった時は自己責任です
適所化と聴くと、パズルのピースを当てはめるイメージをするかも知れないんですけど、実際は同じ場所に似た様なピースが集まってる事が多いですし、何処にも当てはまらないピースが居る事も結構あります
諸刃の剣だけに、3つの内で実はこれが1番大変で1番奥が深いです
成果主義は成果を出せば出す程報われるシステムなんですけど、という事は、成果を出せなければ自分が全責任を負うシステムでもあるんです
我がオフィスは闘う集団だから片桐小向的成果主義を採用してるんですけど、この国の奴らに片桐小向的成果主義での責任を負える奴が居るとは思えません
実際、皆さんは、その覚悟はありますか?
僕に興味を持って、少なくとも理解しようと思ってくれてる皆さんでさえ恐らく不安だし怖いと思います
能無しはもちろん会社人や社畜等は、もっと不安だし怖いはずです
実は、僕も怖いです
という事は、この国に本当の成果主義が根付くのは、まだまだ先という事です
それまで、能力がある人は能無しに蔑まれてください
それが嫌なら、僕の様にフリーランスになって闘ってください
最早、この国は、そういう状況だという事を思い知る事でしょう

(14:44)

φ( ̄∇ ̄*)

3. Posted by 片桐小向   2016年01月13日 00:17
ミユキタンさん&いっちーさん→
ご、ごめんなさい(汗)
2. Posted by いっちー   2015年11月11日 21:22
これだけセミナー並に長い(汗)
でも、片桐さんのセミナーはこんな感じの事を言ってるんだろうなーと実感出来ました
1. Posted by ミユキタン   2015年11月04日 21:45
長い!(笑)
でも、最後の3要素は勉強になりました!

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